好感度の罠

結論、好感度は上げすぎるな。好感度とはいいものでもあるが自分を縛り付ける物でもある。自分の可能性を潰しかねない。好感度は皆ほしい物だろう。周りの人から好かれたいと言うのはみなが持っている感情だ。だがあなた好感度が上がる行動を取ったとして周りからの見え方が良くなったとする。それはすごく気持ちいい感情だが、それに囚われすぎて周りからの評価を気にした行動ばかりに目がいく。これが良く無いのだ。好感度が上がっている気持ちよさにどんどん気付かないうちに相手にどう思われているかベースの動きになってしまう。結果これが何を招くか。あるとき、ふと自分を見返すととてつもなく力の無い人間が出来上がっている。こういう悪い例をたくさんみてきた。これの大変なところは、本人は途中までそれがいい事だと思い気づいてないことだ。そもそも、人間の魅力は悪いとこがあってのいいところがある所だ。要はギャップだ。この差が人の魅力を作る。少なくとも自分はいいことだけをしているいい人に申し訳ないが魅力は感じない。人と深く関わることのできない人の原因はほぼコレだろう。いい人止まりは女にモテない。こう言うことだろう。いい人だけの人はみりょくをかんじないからだ。どうすればいいか。ときに好感度を下げる言動をにすることだ。これをする事で、人間らしさが出るし、好感度を下げたく無いから頑張らなきゃという自分を縛るものがなくなる。結果あなたは自由に好きなように生きることができる。そんなあなたを人は魅力的だと感じる。好感度、周りに好かれることはとても大事だが、自分を苦しめる罠でもあるのだ。

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